あーてぃちょーくのおんせんブログ

【CRISPRベビー】バイオ研究者が考える、ゲノム編集双子の問題点

いよいよ危惧していたことが、現実に起きてしまいました。僕も生物の研究をしている身ですので、問題を生物学的観点からも考えてみたいと思います。

中国の南方科技大学に所属する賀建奎博士(Dr. He Jiankui)が、CRIPSR/Cas9システムによってゲノム編集した双子が誕生したことを、2018年11月25日にYouTubeで自信有りげに発表して以来、この問題は様々な批判と議論を巻き起こしました。(MIT technology reviewにもビデオに先駆けて記事が出されています。)

問題のYouTube動画を見てみましょう。

www.youtube.com

実に爽やかに発表していますが、賀氏はこのあと、中国国内からも厳しい批判を受けることとなり、現在行方をくらましています。

賀氏の主張

まずは賀氏の主張を整理してみましょう。

  • 7組のカップルに対してゲノム編集を行い、うち1組が成功した。妊娠した子供は双子であり、Lulu(露露)とNana(娜娜)という仮名で呼んでいる。

  • 生まれた双子はいずれも健康である。

  • 父親はHIV陽性、母親はHIV陰性である。

  • 受精卵に対し、CRISPR/Cas9システムによってCCR5に変異を入れた(CCR5-Δ32という、北欧でよく見られる変異)。CCR5は、HIVウイルスが細胞内に侵入する際に使われる、ケモカインレセプターである。

まあつまりは、子供がHIVに感染しやすいと予想されるので、CCR5に変異を入れることで事実上ノックアウトし、HIVへの感染を防ごうとした、ということです。

問題点

考えられる問題を列挙していきます。

この情報がウソかホントか分からない

まずもって、この発表がウソなのか、ホントなのか、分からないということです。彼の発表をそのまま信じれば、このあと述べるような倫理的問題などがたくさんありますが、ウソならば、まあ贔屓目に見て「こういう問題があるよね」と医学界に体を張って問題提起をしたのかな、と想像はできます。

インフォームドコンセントが取られているのか

こういう治験の場合、必ず第三者の医者や医療機関が介在し、治験内容とそれによって生じるメリットとリスクを、父親と母親に説明しなければなりません。はたして賀氏はこのステップをやったのでしょうか。治験実行者の賀氏からの説明だけではもちろん不十分です。おそらくメリットしか話さないでしょうから。

また、子供はすでにゲノム編集された状態で生まれてきます。子供たちの同意を取る、というのは無理な話ですが、LuluちゃんとNanaちゃんに選択権がない、というのは受精卵ゲノム編集治療が抱える1つの大きな問題の表れです。

前もって審査を受けたのか

前もって倫理審査を受けたのか、甚だ疑問です。これはおそらく受けてないんじゃないかな。審査があったとしたら、大学側が賀氏を非難したりしないでしょう。倫理的審査を完全にクリアし、透明性のある治験をやらなければいけません。ことCRISPR/Cas9による遺伝子治療は、将来的に人類に応用される確率が高く、倫理問題は非常にセンシティブな問題です。そこにきて賀氏がこんなことをやってしまったのですから、業界関係者が怒りの声を上げるのも無理はありません。

子供がHIVに絶対に感染するわけではない

父親がHIV陽性だからといって、子供が必ずしもHIVに感染しやすいわけではありません。きちんと予防していれば、HIV感染は防げます。

どうしてほとんど手を施す必要がないところへゲノム編集したんでしょう。しかも、HIVにかからなかったからといって、それがゲノム編集のおかげなのか・予防したからなのかは可能性として分けられません。だとしたら、やるにしてももうちょっと遺伝性疾患とかあったんじゃないか、とこれは個人的に思います。

そもそもHIVに対する治療は存在する

延命治療によってHIVは「死なない病気」になってきています。その闘病は辛いものであり、もちろん予防はするべきですが、ゲノム編集の様々なリスクと天秤にかけて考えると、ゲノム編集はHIVに対する第1選択治療法とはなりえない、と僕は思います。

CCR5欠損による副作用

CCR5はケモカインレセプターゆえ、欠損によってHIVに耐性をもつかもしれませんが、他の感染症(インフルエンザなど)にかかりやすくなったり、重症化したりといった副作用が十分に考えられます。なんでもかんでも無くしていいわけではないのは、生物学者なら常識です。

CCR5以外にもHIV侵入経路はある

CCR5を欠損させたところで、HIVにはいくつかのフォームが存在し、細胞への侵入経路としてCCR5を使わないものもあります。ゆえに、他のフォームのHIVはゲノム編集された子供にも感染しうる、ということです。

CRISPRによるオフターゲット

賀氏は、受精卵の段階、および出生後にgenome-wide シーケンスを行い、オフターゲットはなかったと主張しています。しかし、これが本当なのかはわかりません。

一般に、CRISPRによるゲノム編集はオフターゲット変異が普通に入りうるため、CCR5以外の遺伝子座に変異が入っていたとしても、不思議はありません。この場合の副作用がどう出るのかを想像すると、かなり恐ろしいです。

ゲノム情報は子孫まで受け継がれる

受精卵の段階でのノックアウトですから、もしノックアウトされていればLuluちゃんとNanaちゃんの生殖系列の細胞までゲノム編集されていることになります。したがって、この遺伝情報は彼女たちの子孫にわたって受け継がれてしまいます。賀氏はどこまで責任を取るつもりなのでしょうか。きちんとそのことを親に説明したのでしょうか。

感想

今年1番のショッキングなサイエンスニュースだったのではないでしょうか。本庶氏のノーベル賞受賞のニュースが遠い過去のように感じます。

artichoke.hatenablog.com

賀氏は、調べるとサイエンティストとしては優秀だったようで(しかも若い)、中国の大学における副教授というのは、実質ラボのPIですね。そんな順風満帆だったはずの彼が、いきなり舵を大きく切り、世界の非難という嵐にさらされることになろうとは、誰が予想したでしょう。

中国では裏でヒトにCRISPRやってんじゃないの、と冗談交じりに仲間と言っていましたが、まさか現実になるとは、と驚きを隠せません(ウソかもしれませんが)。

しかし皮肉ながら今回の騒動で、技術的にオフターゲットさえ改善されれば、遺伝子治療がかなり現実的に感じられました。映画『ガタカ(GATTACA)』の時代の到来も、遠い夢ではないな、と。

あと、僕がいつも聴いているpodcast『バイリンガルニュース』でも、詳しく解説されていました(当該の回は11/29の配信ですね)。マミさん、ゲキ怒です。

今後の動向を見守りたいと思います。


<参考>

アメリカの幹細胞生物学者、ポール・ノフラー(Paul Knoepfler)のブログ記事が非常に参考になります。

Why CRISPR baby production (if it happened) was unethical & dangerous - The Niche

以下のブログにも今回の問題が、生物学的観点から、分かりやすく端的にまとめられています。

CRISPR遺伝子改変ベビー中国で誕生か(4) 論点整理 - 関連記事を順次追加 : crisp_bio