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映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』感想・スアンはどこで涙を流したか?

すべてがお約束なのに、面白いし感動までしちゃうという、出色の韓国映画をレビューします。

新感染 ソグとスアン

あらすじ

ソウルでファンドマネージャーとして働くソグは妻と別居中で、まだ幼いひとり娘のスアンと暮らしている。スアンは誕生日にプサンにいる母親にひとりで会いにいくと言い出し、ソグは仕方なく娘をプサンまで送り届けることに。ソウルを出発してプサンに向かう高速鉄道KTXに乗車したソグとスアンだったが、直前にソウル駅周辺で不審な騒ぎが起こっていた。そして2人の乗ったKTX101号にも、謎のウィルスに感染したひとりの女が転がり込んでいた。(映画.com)

感想

本作、ゾンビ映画ですが、怖さとしては控えめな方です。今年話題になった、『カメラを止めるな!』レベルです。怖いゾンビが好き!という方には期待外れ感があるでしょうが、この映画の狙いは別のところにあります。それは人間ドラマです。あえて怖さを控えめに設定することで、観客を物語に集中させる、うまいテクニックだったと思います。つまり、ゾンビはあくまでストーリーを語るための設定に過ぎず、これが別の設定(テロとか事故とか)であったとしても物語の軸はぶれないのです。

本作が良作と呼ばれる理由はこのように、ゾンビを使って人間ドラマにフォーカスした点だと思いました。でも、1つ1つの人間ドラマは本当にお約束ばかりなんですよね。娘との時間が取れていない父親、妊婦さんとコワモテな旦那さん、高校生のカップル、マジで(いやマジで)自己中なジジイ、性格が真反対の老姉妹。しかしそれぞれのお約束を、これでもかと真面目に丁寧に積み重ねることで、観客の期待を裏切ることなく、かつ感情移入させることに成功しているのです。簡単なことのようで、こういう映画って意外とない気がします。ことゾンビ映画というジャンルものに限っては。

テーマ「人への思いやり」

ストーリーテリングが極めて優秀です。それは、新感線に乗り込んだ乗客たちを次々に短い時間で紹介していくのを見ても明らかです。この乗客紹介、「これからこの人たちにゾンビが襲いかかるんだろうなあ」と思って集中して見るからこそ、短くてもきっちり伝えられるんですよね(アガサ・クリスティーの小説と同じ手法)。ココらへんの尺のさじ加減がちゃんと分かってるなーという印象。テンポが大事ですからね。

登場人物たちもしっかりキャラ立ちしていて、良いですね。韓国の俳優さん、僕は全然知らないんで、日本で置き換えたらこの人だろうなあと思い描きながら見ていたのですが、、。主人公の父親(コン・ユ)、大沢たかおにそっくりじゃないですか?『藁の楯』という大沢たかおの映画を思い出しました。カッコよかったですね。それから妊婦の旦那(サンファ)、ごつい強面でしたが、これは新井浩文に似ていましたね。渋い感じで戦闘能力も高く、これもまたカッコよかったです。

人間ドラマとしても、テーマ性がありますよね。「人のことを思いやる」というありふれた教訓ですが、ゾンビという非日常的な映画だからこそ、一番伝わってきやすいポイントだったと思います。 この「思いやり」の大切さですが、2つの出来事を通して伝えていました。1つは、主人公・ソグの成長です。ソグは仕事で娘との時間が取れないでいました。そんな娘と久々に時間をとって新幹線に乗り込んだらゾンビに遭遇。娘には「こんな非常時だったら自分のことだけ考えろ」と的外れなことを教えてしまいます。そんなソグでしたが、終盤になると、部下に対して「君には責任はない」と部下のことを思いやった発言をしていましたし、娘のことを思ってこその決断を下します。感動しましたね。

2つ目は、マジで(いやマジで)自己中なジジイ(2回目)の存在です。このオッサン、乗客の1人なんですが、他の乗客を置いて早く出発させろと叫んだり、感染しているかもしれない人たちを締め出したり、「こいつらは感染しているぞ!」と嘘八百を叫んだり、本当にムカつく存在です。でも、このキャラの存在は物語にとっては非常に重要で、「非常時には人を信じられなくなるかもしれない」ということを語っています。実際、映画のなかでも彼の言葉に煽られながら人々は疑心の目を向けるようになるのです。これを朝鮮戦争という韓国の歴史的背景と重ねて見てもいいかもしれないですが、僕はそこに込められたストーリー上のメッセージを読み取りました。疑心の目を向けた人たちは、車両に入れろ・入れないの争いを始めます。その争いを目にした主人公の娘スアンは、このとき初めて涙を流すのです。それまでめちゃ怖いゾンビとかいたのに、ここで初めて泣いたのを見て、観客は「なんて醜い争いなんだ」とまざまざと印象付けられるのです。人を信じて、思いやる、当たり前のことですが、身に沁みて大切にしようと思いました。

マイルドなゾンビ描写

いくらストーリー重視の映画とは言え、ゾンビ映画です。本作のゾンビ描写はどうなんでしょう。基本的にすごくマイルドな描き方ですよね。人間に噛み付くだけ。食べたりしません。噛み付いて、感染させたら次の獲物を探しに行くという感じです。しかし、走れます。これが怖い。『バイオハザードⅢ』でシリーズで初めてゾンビが走ったときのような怖さがあります。これがまとまって走ってきたときも怖いですね。『ワールドウォーZ』のように、ゾンビ同士が固まる怖さって目新しいです。

しかし、目の前が真っ暗になるとキョロキョロして動きが鈍る、本を噛ませば大丈夫など、弱点もあります。こうした特性とトンネルの暗さを利用して、ゾンビをやり過ごすシーンは脚本と設定の妙を感じました。

ゾンビ映画のお約束、振り返ったらゾンビに食われる、遠くから助けに来たと思ったらゾンビだった、などなど盛り込まれていてニヤリと楽しめました。

まとめ

ゾンビ映画のお約束、人間ドラマのお約束、それらをミルフィーユのように丁寧に何層も重ねていくと、素晴らしいエンタメ作品として昇華させることができるんだ、ということが証明された作品です。冒頭の歌がしっかり伏線になっていた(最初の歌の時点でこれあとで出てくるだろうなーと思いましたが)あたりも憎めない、快作だと思います。